10月 2014

iPhone 6 Plus 3週間レビュー

早いものでiPhone 6 Plusを使い始めて、三週間が経過した。

少し経ったところで、最初の感想と何か違うところを書いておく。

まず大きさに慣れるのか、というところ。

これは、思ったほど苦労していない。
もっと、「でかくてやってらんない」的な場面もあるのかと思ったけど、そうでもなかった。

ズボンの後ろポケットにも今まで通り入るし、ポケットから引っ張り出すのもそれほど面倒ではない。

ケースを付けたので、持ちやすさも、取り出しやすさもアップした。
その替わりに、幅と重さも少しアップした。ちょっと重いな、と思わなくもない。携帯性ついては、それほど減じた感覚はない。

買い替えを覚悟していた、自転車のマウントもクルマのマウントも、結局、買い換えずに済んだ。これはラッキー。

大画面による効果の面だが、これは当初の印象通り。
映像、ゲーム、写真など、迫力を感じるようになったものが多く、同時にアプリの最適化が必要だと感じる場面も多い。徐々に増えてきたが、最適化は、まだあんまり進んでいない。

iPhone 6 Plusの画面の大きさに大分慣れて、5や、5Sを見ると、ちっさ!と思ったのは事実。
iPhoneに慣れて、ガラケーを見たときの、よくこれでやっていたな、と思うあの感覚。

よく考えてみれば、iPhoneを何で持って歩いているのか。
自分としては、元々、電話を持ち歩きたかったわけではなく、情報端末というか、小型コンピュータを持ち歩きたかった、ということ。実際、HP200LXに始まって、Clieなど、イーモバイルの端末など、iPhone 6 Plusと大して大きさが変わるわけではない。自分としては、電話のサイズにあまりこだわる必要はなかったということだろう。

3週間経った今では、自分ではでかい、と思う頻度も減ってきた。
特に、ツイッターや、ニュースリーダー、ウェブやFacebookを見ている時には。
逆に、でかいなと思うのは、通勤時の自転車に乗る時に、Runtasticを使うときぐらいかな。ポケットに入れて、ログをとるだけなので、情報が過剰な感じがするのだと思う。
ロードバイクで走る時は、同じく大きいとは思うが、このときは、見やすくて便利、と思うので勝手なもん。

文字入力や操作も少し慣れてきた。
片手で操作するときには、2種類の持ち方を切り替えると、まあまあ広い範囲に届くことが分かったし、その際には、手だけを頼るのではなく、自分の胸の辺りをうまく使うことで、早く安全に持ち替えられる。

両親指の腱鞘炎も少し楽になってきた。
今まで無理に親指操作に頼ってきたのが、依存度が減ってきたからだろう。

片手入力で、どうしてもダメなのは、持っている手と反対側の下の隅。ここはなかなか難しい。それ以外は、持ち方を変えることで、上側の隅でも届くようになった。

ちょっとしたティップスだが、メールアプリなど、画面の回転に対応しているアプリは、画面を回転させてひっくり返すと、上隅に来るので、届くことはできる。

画面が大きくなったからなのか、iOS8だからなのか、文字選択がやりやすくなったのは発見。

バッテリーの持ちは、相変わらずいい。途中で充電しなくても、1日に残量は半分ぐらいのまま。サイズを大きくしたメリット。

iPhone 6 Plusから、6に切替えた、という話しもよくみるが、その気持ちは分からないでもない。
片手で使っていた人は、少なくとも5と6 Plusは、同じようには使えない。まぁ、でもそれは、最初から分かっていたのではないか。わからなかったから、買っちゃったのかもね。

iPad miniとの使い分けでは、自宅でiPad mini、外でiPhoneというのは、あまり変わらず。ただ、これは、iPad miniに、セルラー通信機能がないから、というのもある。iOS 8になって、iPad側から、iPhoneを呼び出す機能がついて、テザリングが多少やりやすくなったのだけど、iPhoneが表示されないこともあって、ちょっと安定感がないんだよな。

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余談だけど、この記事、最初一週間レビューとして書いたのだけど、アップするタイミングを逸したまま、2週間経ってしまった。でも、内容はそれほど変える必要は無いな、と思ったので、ほぼそのままアップ。
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